あじまりかんを名乗ることにした

あじまりかん、この言葉のことを何度か書いた。

あじまりかんとは、大元の神の響きである。

 

人間は全て、大元の神の響きを有している。

その意味で、皆、大元の神なのだ。

 

私は大元の神だ。

そう認識している。

大元の神の響きを有している、と認識している。

 

この世は、大元の神の響きの現れだ。

全てが大元の神だ。

自分は大元の神であり、大元の神という景色を見ているのだ。

 

あじまりかん、という言葉は意味深い。

あじまりかん、という言葉は、大元の神そのものを表す。

この言葉を唱えると、そこに大元の神が現れる。

自分が大元の神そのものになり、この世に大元の神の響きが響き渡るのだ。

あじまりかん、を唱えよう。

 

私も、あじまりかんを名乗ることにする。

あじまりかん雅(まさ)を名乗る。

 

この世は心の掃除の場だと私は考えている。

自分の本心と、行動を一致させる場だ。

そしてその過程において、大元の響きが、どんどん現れてくると思っている。

あじまりかんが、顕現する。

私は、あじまりかん、この言葉を広めたい。

一人一人が、あじまりかんとして、響き渡ってもらいたい。

その思いを込めて、これからは、あじまりかん雅として行動する。

あじまりかん雅の見地から言葉を発したい。

私もあじまりかんを唱え、あじまりかんとして生きたい。

あじまりかんとして、考え、行動したい。

あじまりかんの響きを、生きたいと思う。

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